Faculty of International Studies
更新日:2019年11月20日
研究紹介
【国際学部】リレー?エッセイ2019(18) 西村史子「初のインド出張は…………」
西村史子
今回は、発展途上国での調査研究の一端を紹介したい。
この5年ほどインド(Republic of India)の教育制度研究を細々と進めていて、現地を訪問するようになった。初めてインドを訪れ、資料収集でまずお世話になったのは、首都ニューデリーの議会図書館(Parliament Library)である。たまたま日本の国会図書館のウエッブサイトに紹介があるのを見つけ、どうもたっぷりと文献が揃っているようだし、インド研究の初心者にはお誂え向きかもと考えた。全国から選抜された精鋭の司書たちが勤務しているに違いないとも。Lok Sabha(インド連邦議会下院)に隣接していて、そのミュージアムと売店は図書館内に併設され、ドア1枚で隔てられただけだからすぐに入れるとの情報も得た。これは楽しめるかもしれない、と渡印前からワクワクする。
ところが、である。海外からの訪問者は、申込み書類の他に、①勤務先の長からの推薦状、②ニューデリーの出身国大使館からの推薦状、③パスポートの写し等をまとめ、④図書館内にある所定のポストに訪問予定の1ヶ月前には投函せよという。ええっ何? 日本にいながら②と④はできない。訝しく思いつつ、東京の日印協会に相談した。幸運なことに、元インド大使の協会会長が声をかけてくださり、大使館スタッフが動いてくれ、議会図書館への研究調査の申込みは無事に終了した。これには大感激で、次回からは融通が利き自力で手配できるようになったが、現地では文科省アタシェにまでお世話になり、今でも感謝に堪えない。
インドに到着して戸惑うのは、公共施設に出入りする際の厳重なセキュリティ?チェックである。車に乗ってホテルに着けば、敷地に入るゲートでボンネットとトランクが開けられて確認を受け、玄関の車寄せに向かう。玄関ドアからホテル内に入る際には、空港と全く同じ手荷物検査、スーツケースの検査がある。議会図書館もほぼ同様である。道路に面したゲートから入ってすぐ脇の館外にある受付小屋に立ち寄り、まずエントリー手続き。訪問許可の手紙、パスポート等を示し、受付女性にカメラで肖像画像を撮られてから、チェックインボードへ署名。手持ちの電子機器をそこに預ける。次に、別の小屋に案内されて、待ち構えているサリー着用の女性からボディチェック。終わると、銃を肩にかけた兵士にエスコートされて、図書館の玄関に入る。そこでもまた手荷物検査があって、女性兵士による再度のボディチェック。そういえば、インドでは首都でも爆弾テロが多発している。2011年の高等裁判所(Delhi High Court)では、死傷者が60-70人だったか。さて、また別の係に案内されて、やっと建物中央のレファレンスカウンターへ。そこに向かう途中の、図書館真ん中の吹き抜けに面して、ラビンドラナート?タゴール(Rabindranath Tagore 1861-1941)の像がある。何だかホッとする。このアジア初のノーベル賞受賞者は、日本に5度も訪れていて岡倉天心らと交流のあったことで知られる。
笑顔を振りまきつつ、尋ねられるまま、いくつかのレベルの担当者に繰り返しリサーチの目的やら入館許可のお礼を述べる。リサーチ期間を確認されて、許可証を改めて受け取る。紙票に閲覧希望の資料名を記してカウンターに提出し、待つこと20分位。やっと館内の資料を直に見ることができた。古い統計資料は、人材開発省(Ministry of Human Development)のウエッブページには掲載されていないため貴重だし、著名な研究者の書籍がかなり出版されているのに日本のアマゾンを通じては殆ど入手不可能なのに気づいた。これは後に、UKアマゾンを利用したり、オールドデリーの本屋街、本屋の親父達を活用して解決することになる。10:00頃から15:00まで通しで資料に目を通し、付箋を貼り、担当掛にコピー依頼。担当者の昼休みは長いので、これをうまくやり過ごさないと、こちらのストレスが溜まる。
紹介された職員用の食堂(kantin)は、格安でメニューも庶民的ながらsuperb。骨つきチキンカレーは秀逸だった。流石は全国から優秀な人材が集まり、議員も出入りするところである。でも、殆どの職員が立って食するシステムには面食らった。こちらもナイフとフォークで頂く異国人だから、周囲が注目して居心地はなんとも……。期待していた議会ミュージアム(parliament museum)は、子ども向けである。インドの政治システムや歴史について概要を学ぶことはできる。お土産に、ペーパーウエイトを購入。赤御影石だろうか。今も自宅の書斎デスクに置いている。
作業を終えてコピー資料をどっさり受け取り、図書館を出る。拍子抜けするくらい、今度は何もチェックがない。releasedという感じ。再び玄関脇の小屋に戻り、電話等の機器類を返して貰い、待たせてあったハイヤーでホテルに戻った。これがほぼ毎日続き、午後には別に、UNESCOや他教育関係のNGO事務局に出かけて所長や研究員と面談、NUEPA(国立教育行政大学)の図書室でやはり資料を閲覧したり、約束した研究者と面談したりして、「子どもの無償義務教育権利法」(”Right of Children to Free and Compulsory Education Act, 2009”)の評価やインドの教育改革について意見交換。こうして、滞在10日間は終了。首都での予定は全て英語で済んだ。
挫けそうになった時に呟いたのは、詩聖タゴールの詩句。簡易平明にして、響く。
Let me not pray to be sheltered from dangers
but to be fearless in facing them.
Let me not beg for the stilling of my pain
but for the heart to conquer it.
Let me not look for allies in life’s battlefield
but to my own strength.
Let me not crave in anxious fear to be saved
but hope for the patience to win my freedom.
“Fruits-Gathering”(1916)より