Faculty of International Studies
更新日:2018年10月30日
【国際学部】リレー?エッセイ2018(19)辻山ゆき子「2018年アンジェ?カトリック大学フランス語研修を引率して」
辻山ゆき子
今年の夏は、フランスのアンジェ?カトリック大学に語学研修の引率をした。久しぶりの学生と一緒のフランス旅行だった。いつもは、自分の興味関心からフランス社会の一側面、移民出身の人々、社会的格差と統合、そんなテーマを求めてフランスへ行くが、今回はまったく別の視点から、学生時代に戻ってフランスを見直す機会になった。
アンジェは、パリの南西に位置してTGVでおよそ2時間の小さな町だ。ロワール河流域のこの一帯は「フランスの庭」と呼ばれ、中世からルネサンスに建てられた美しい古城が点在している。アンジェもそのひとつ。現在、標準語とされるフランス語が生まれたのがこの地域なので、土地の人々の話す言葉に訛りがない。
8月6日の早朝、羽田空港に集合。トラブルなく搭乗、直行便でシャルルドゴールに着き、そのまま全員バスでアンジェまで無事に到着した。途中で寄ったドライブインは、私の知っているフランスのドライブインのなかではとても小奇麗なほうで、内心びっくりした。フランスがきれいになったのか、それとも旅行社が気を遣ってドライブインを選んでくれたのか。
アンジェの寮には夜9時過ぎに入った。カトリックの女子寮で落ち着いた優しい雰囲気だ。となりには中世のものかと思わせる古い礼拝堂、奥には修道院があるようだった。カトリックは学生にとっては異文化かもしれないが、治安の良い環境に、落ち着いた家庭的な雰囲気、文化的なショックも少なく居心地が良いに違いない。学生たちにはとても良いと安心した。
翌7日の朝、学生たちは時差ぼけもなく、朝一番に、夏季フランス語講習会ミーティングに全員が元気に参加した。夏期講習の責任者のモラン先生の挨拶、チューター6名(フランス語教師養成課程修士学生)と事務スタッフの紹介が行われた。8月カトリック大学夏期講習の参加者学生は全部で、世界中110人22カ国から来ているということだった。年配のアメリカ人の女性たち。元気な中国からの留学生。様々な人々がいた。本学の学生たちも、この間に混ざって1ヶ月を過ごすことになった。日本からは、東京近郊の4つほどの女子大学から、また企業から派遣されてきた社会人などの姿もあった。
その日は、そのまま振り分けテストが行われた。到着翌日にクラス分けの試験が行われるのは厳しいと学生たちは嘆いていたが、実力がそのまま現れるほうが、むしろ良い。自分にあったクラスに入るのが大事だ。昼食は、大学の食堂で出してもらい、フランス人チューターも学生たちの間に入って食事を共にしていた。フランスの学食の食事は、質素でも所謂コースの形式でてくるのが面白い。まず、野菜中心の前菜、次に肉か魚のメイン料理と付け合せ、最後に果物やヨーグルトなどのデザート。日本では、フランス料理のコースといえば贅沢と思うが、これがフランスの日常の文化なのだと分かる。前菜、メインと付け合せ、デザート。必ずこの順序で出てくる。ビュッフェ形式で最初に一度に取っても、フランス人たちは、ひとつひとつ順番に食べて行く。世界中からやってきた学生の間に入って食事をしているチューターたちは、フランス語の不自由な学生たちに一生懸命に話しかけていた。
その後、授業が滑り出すと、本学の学生たちは昼間は熱心に学校に通い、夕方は買い物をして当番で寮で夕食を作るなどしてアンジェの生活に慣れていった。もちろん、小さなトラブルはある。お財布を置き忘れて日本円にして1万円ほど抜かれたり、日本から持っていったキャッシュカードが使えなくて青くなったり、wifiがなかなかつながらなくて、日本の家族と連絡がとれない等。初めての海外の長期滞在だと、こうした出来事に神経をすり減らす。
授業の内容は分かっても、先生やクラスメイトとのコミュニケーションを難しいと感じる。分かっているのにそれをいえない。分からないことを分からないといえない。日本の教室なら問題にせずに授業を受けられるのに、フランスの先生が相手だと難しい。ある意味、これは乗り越えなければならない異文化の壁だ。学生たちは、1ヶ月アンジェに滞在し、わたしは学生たちが生活の慣れるまでの1週間を付き添った。1週間後にはアンジェを後にしたが、帰国後に話を聞くと、やがて聞き取りにもなれて、コミュニケーションが出来るようになったという。周囲に同じ悩みを共有できる仲間がいることが、このような異文化コミュニケーションを乗り越えるには大切だと思う。
アンジェは治安が良く過ごしやすい。史跡も多く、美しい町である。寮、大学、町の中心を徒歩で回ることができ、生活も便利である。現実のフランスは、貧富の格差があり治安の良くない地域も多い。しかし、アンジェは学生の持っている美しい豊かなフランスのイメージと重なるところが多く、不安がなかっただろうと思う。
この研修に参加して、自分が学生時代に参加したトゥールのフランス語研修を思い出した。もう、何十年も前のことだ。当時、アメリカ人の学生がフランスはなんでなんでもこんなに古風なのかと怒っていた。オーブンや洗濯機の使い方だったろうか。自動販売機はお釣がでない、あちこちが汚い。そういえば、今回の旅行でコインランドリーを使ったが、アンジェのコインランドリーが綺麗で使いやすく、お釣りもちゃんと出てくることに感動した。フランスが進歩したのか、アンジェが特別なのか。両方かもしれない。
私の学生時代に語学研修にいった町トゥールはアンジェと同じくロワール渓谷に位置する。アンジェの人口は約15万人。トゥールは約13万人。同じような田舎町だが、トゥールはロワール渓谷の古城巡りツアーの基地でもあり、夏はたいへん賑やかだった。ここから、アンボワーズ城、アゼ=ル=リドー城、ブロワ城、シャンボール城、シュノンソー城などへ観光バスが出発する。学校がエクスカーションを企画してくれたのか、私も友だちと一緒に古城めぐりのツアーに乗ったのは良い思い出だ。優雅な城の佇まい、また周囲の穏やかな自然の美しさにびっくりした。きれいに整えられたフランス式庭園、木漏れ日の中で聞く小鳥の声、水に映えたシュノンソー城の美しさ。フランスは変わらない国なので、きっといまでも同じような美しさだろう。
私自身は、フランスの移民出身の人々、差別、格差、貧困、これを乗り越えようとする人々の努力、そうしたものに関心がある。でも、もともとのフランス文化の持っている豊かさ、美しさ、繊細さ、これは本当に魅力があると思う。このような豊かさが、社会の変化も受け入れていく懐の深さとなっているのかもしれない。アンジェの夏季語学研修は、アンジェの土地柄、また大学の環境もあいまって、学生が伝統的なしかし日常的なフランスの魅力に触れられる良い機会だったと思う。
アンジェ?カトリック大学本館