授業でも現代語訳付の原文を使用していると聞くと、訳されているなら古典の勉強はそこで終わりではないの?と思った人もいるかもしれません。
「じつは、そこからが古典の魅力です。たとえば高校の教科書に出る『稚児の空寝』。これは主人公の稚児が、夜食ができるまで寝たふりして待つけれど、誰も起こしてくれずに困り果てるという笑い話ですが、この笑いを正しく理解するには、当時の寺院社会において稚児がどんな存在だったのか、稚児はなぜ寝たふりをしたのかということもわからないといけないのです」
『源氏物語』では、伊勢に下る六条御息所が、光に対して、ためらいつつ寄ってくるシーンで「いざりつつ」という表現がありますが、これは膝を使って前に進む動作のことで、当時の上流女性はすたすた歩かないことを教えてくれます、と菅野教授。
また日本の一般女性が、韓国と同様に立て膝で座っていたことや、着物が今の和服と違っていたことなど、古典を理解するためには、今と昔で生活?文化?価値観が別物であったということを知る必要があるそうです。
さらには、平安時代の男性は、お尻じゃなくてなぜか頭のてっぺん(具体的には被り物無しの頭)を見せるのが恥ずかしいという時代だったというから驚きます。
「一方で、人の思いや悩み、苦しみの感情は今も昔も変わっていません。苦しみの内容、喜びの原因は違っても、思いそのものは1000年たっても変わらない。それを伝えることばも同様です。恋をして苦しい思いをしている人は、和歌で『恋は祈り』ということばを読んだとき、理屈抜きで素直に受け入れることができるはず。本さえ開けば、そこに同じ思いの人がいる。それが古典に触れる喜びです」
古典には「見ぬ世の友」ということばがあるそう。「見ぬ世」とは「見たことのない過去の世」のこと。
「人は古典の世界に友を見出すことができます。時空を超えた友との語らいが古典の読書の魅力。今、友人がいなくて学校や職場でつらい思いをしていても、無理して人に合わせなくてもいいんです。だって見ぬ世にあなたを理解する人がいるんですから」
古典の読書は、豊かで深い精神世界を自分のものにできるとっても素晴らしいものです。ぜひ、一度手にとってその魅力に触れてみてくださいね。
vol.20
共立のあの先生が解説!
キャリコ通信
友だちは古典に見つけよう ~古典文学への誘い~
2019.01.25
「逢ふまでとせめて命の惜しければ恋こそ人の祈りなりけれ」
(あなたに逢うまでは、痛切にこの命が惜しい、生きていたい。そう思うと恋こそが祈りそのものだったのだ)
「恋こそ人の祈りそのものだ」と言い切ったこの和歌は、平安時代の政治家?藤原頼宗によって1035年に作られたもの。1000年近くも前に生まれた言葉なのに、 “祈るように恋人を思う”気持ちには、現代を生きる私たちも強い共感を覚えますよね。ことばって不思議に長生きなんです。そんな時代を超えた古典文学との出会いの素晴らしさと魅力について、共立女子短期大学文科の菅野扶美教授にお話を伺いました。
「『恋は祈り』なんて言葉が出てくるなんて、どれほどの恋なんだろう?と思いますよね。実はこの和歌はフィクションなんです。賀陽院水閣で行われた歌合(歌人が左右に分れて一首ずつ出し合い、その優劣を競う和歌のゲーム)の『恋』という題に対して作られた歌で、頼宗のリアルな恋のことばではありません」と菅野教授。
心情を率直に歌った和歌も沢山あるけれど、なりきりで作り込んだ和歌は文芸性が高く心に残りやすいのだとか。
「好きだと求愛されたけれど、恋の多いあなたのことばをまともに受け取るのがこわい、と初心(うぶ)らしく切り返しの和歌を詠んだのが、じつは70歳過ぎのおばあ様による作品だったりもするんです(ちなみにこれは『百人一首』にある和歌です)」
とはいえ、古典と聞いてことばの壁につまずいてしまう人も多いと思います。加えてフィクションだったり、実年齢がわからなかったり…、考えることが多くて大変そうだなと二の足を踏んでしまう人もいるはず。
「だからこそ、まずは現代語訳でどんどん読んでみてほしいのです。角川文庫(ソフィア)の『ビギナーズ?クラシックス 日本の古典』はおすすめですが、紹介作品が限られているので、『日本古典文学全集』『新編日本古典文学全集』(小学館)も活用してみてください。名のある古典作品はほとんど訳されているので、読みたい作品を見つけられるはず。大きな図書館には必ず入っているので、ぜひ手に取ってみてくださいね。めぼしい古典作品が揃っています。現代語訳で気に入った所を原文で確かめる、さらに頭注で知識を増やす、そんなふうに楽しんでみてくださいね」
取材にご協力いただいた先生はこの方!
共立女子短期大学 文科
菅野芙美 教授
共立女子短期大学 文科長。専攻は中世文学?芸能?宗教、特に『梁塵秘抄』研究。また北野天満宮研究も行う。短大の授業では『竹取物語』『源氏物語』から『曽根崎心中』まで、古典文学全般を担当する。
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