――小学生の頃から、自由帳に『小人のお話』などの物語を書いていた倉本さん。才能の片鱗を見せたのは、中学2年生の時。当時夢中で読んでいた少女漫画を自分でも書きたくなり、恋愛小説を書いたところ、同級生の間で大人気に。
「いつの間にか、友達の間で回し読みされていました。拙い文章だったと思うのですが、みんな面白がってくれて。 感想ノートを作ってくれたり、学校を歩いていると『続きは、まだ?』と声をかけてくれたり。気がつけば、連載状態でしたね(笑)」
――小説家への道が開いたのは、高校に進学してから。(回し読み用に)書き溜めた作品を賞へ応募したところ、1作目で佳作に入選したというから驚きです。
「腕試しのつもりで応募したのですが、入選した事で “これからも書き続けたい”という欲が出てきて。子供の浅知恵で、依頼もされていないのに小説を書いては、担当の編集者に送りつけていました。それらの作品は一切活字にならなかったけれど、気持ちの部分を評価してもらえたのかな。高校3年生の時に、初の著書を出版することが出来ました。ただ、受験勉強と並行して書いていたので、当時の睡眠時間は3、4時間。若さを武器に、突っ走っていましたね」
――大学入学後は、少女小説ブームという時代にも押され、年4冊のペースで本を出版していた倉本さん。受験勉強から解放されてもなお、睡眠不足は続きます(笑)。
「授業が終わったら、家に帰って夜中まで書いていましたね。共立の同級生と同じマンションに住んでいたのですが、彼女に清書を手伝ってもらい、締め切り前は徹夜で執筆することも。空が白み、朝日が上ってくるとマンションの屋上に上がり、二人で朝焼けを見ながらおしゃべり。青い空と入り混じって、何とも言えない美しさで……。今も自分を支える思い出のひとつですね」