vol.14
共立のあの先生が解説!
キャリコ通信
ドイツってすごい! たくさんの移民?難民を受け入れるドイツから学ぶこと
2018.01.30
出稼ぎで他国へ移り住む移民や、紛争?災害などで自分の国から脱出せざるをえなくなった難民たち。その数はヨーロッパだけでなくアジア諸国でも増え続け、いまや私たち日本人も避けて通れない社会問題となりつつあります。
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キャリコ通信第10回では、フランスの移民?難民の実情について紹介しましたが、今回はなんと約90万人(2015年中)もの移民?難民を迎え、多くの人々を救った隣国ドイツの実情についてご紹介。共立女子大学国際学部国際学科でドイツの近現代史を教える西山暁義教授に、ドイツ人に見る人道支援の姿勢から学ぶべき事柄について伺いました。
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「ドイツは、2015年にシリアや他の中東、バルカンの紛争地域などから流れてきた90万人もの難民の入国を認め、世界中から大きな注目を浴びました。これはドイツ国民の1%以上にも相当する膨大な数。2016年以降も受け入れが続くなか、ドイツ社会が受けるインパクトは非常に大きいものがあるといえます」
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隣国フランスでも多くの移民?難民を迎えていますが、今回のドイツの受け入れ数は比較にならないほど多いそう。こうしたドイツによる寛容な人道支援の背景には、2017年に在任13年目を迎えるメルケル首相の強い意思があったといいます。
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「メルケル首相に限らず、基本的にドイツ社会には、人道支援を行っていくべき、という強い想いがあります。これは、ナチス?ドイツ(1933~1945年)が行ったユダヤ人迫害への痛切な反省からくるもの。あの歴史を踏まえ、今度は抑圧された人々を引き受ける側になる、という意思が根底にあるわけです」
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こうしたドイツの難民引き受け体制は、じつは戦後直後から始まっていたのだとか。
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「敗戦前後のドイツには、元ドイツ領をはじめ、東ヨーロッパから約1200万人ものドイツ系住民が難民として押し寄せました。いわば、同じ民族の“同胞たち”を引き受けたのです。また、冷戦中は東側諸国からの亡命者、政治難民を迎え、さらに冷戦後は内戦や政治体制が極端に不安定となったユーゴスラヴィアやルーマニアなどの国々から難民が急増していきます」
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歴史の反省から多くの難民を迎えたドイツ。しかし厳しい現実に直面し、当初の理想主義的な難民引き受けは制限されていきます。
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「また、この時期に東西ドイツが統一される一方で、移民?難民の排斥も発生。世紀の変わり目には落ち着いていた難民申請者は、今回のシリア問題による難民の国外流出が本格化する2010年ごろから再び急増します。そうしたなか、メルケル首相も国民に対して声がけを行い、多くの市民がボランティアとして難民たちの世話に当たりました」
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受け入れるだけでなく、その後彼らをどう社会に統合していくかは―難民だけではなく、移民も含めて―大変難しい問題。今や5人に一人が「移民を背景とする」人々であるドイツの現状を、社会や国民はどう感じているのでしょうか。
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「メルケル首相が所属するCDU(キリスト教民主同盟)という政党は、日本でいう自民党のような保守派。党内には今回の大規模な難民受け入れに反対する議員も少なくありません。2016年にはドイツ社会に“受け入れ疲れ”やテロ事件が見られ、批判が噴出。そこには難民だけではなく、労働力としてドイツに移住した人々の多くがイスラム教徒であるため、ドイツ社会のあり方が大きく変わってしまうのでは、という懸念も存在しています」
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実際、今回の選挙で移民?難民に反対するAfD(ドイツのための選択肢)と呼ばれる野党が多くの議席を獲得したり、メルケル首相自身も党の内外や世論のなかで批判が高まったために受け入れ数の制限を表明するなど、妥協を余儀なくされました。
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「国民の真意は一概には言えませんが、移民については1960年代の高度経済成長期に移り住んできた、移民の背景を持つ二世や三世でドイツ社会に溶け込んでいる人も少なくありません。その際、移民を“ドイツ国民”として受け入れるべく、2000年に国籍法を改正し、従来の血統主義を改めたことも見逃せません。現在では、サッカーなどのプロスポーツで活躍する選手だけではなく、政府の閣僚や野党の指導者にも移民を背景とする者が就任するまでになっています」
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他方、戦争などで不本意に故郷から逃れてきた難民たちのなかには、ドイツ人の考え方や価値観を理解する機会がなかったこともあり、トラブルも起きているそう。巨額の予算が難民対策に使われるというニュースもあいまって、国民の不満が高まったり、移民?難民に対する偏見が強まっていることも否定できません。移民や難民の受け入れそのものだけではなく、その後の彼らとの向き合い方にこそ、ドイツ社会の努力や葛藤を見ることができるのです。
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また、日本と同様に少子化問題に悩む背景があり、労働力を増やす意味合いもあるそう。人道支援や善意という側面だけではなく、実益も兼ねているというのが本音のようです。
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「しかし移民が就ける仕事は、低賃金でいわゆる“3K”(=きつい、汚い、危険)と言われるものが中心であり、その子供たちの教育による社会的な上昇の機会も決して大きくはありません。フランスでは、そうした不満が大都市の郊外に住む移民のとくに若者による暴動、治安の悪化をもたらし、相互不信を引き起こしている側面があります。ドイツはそこまで悪化していませんが、やはり不満は存在しています」
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政府はそうした労働環境の問題を改善すべく、移民難民に対してドイツ語講座を開いたり、異文化間の交流の場を設けるなど、解決策を模索しています。受け入れる姿勢と反発する力がせめぎ合うなか、多くの問題を抱えながらもヨーロッパや周辺国の問題に真摯に向き合ってきたのがドイツの姿なのです。
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「現在日本では、ドイツやヨーロッパの試行錯誤も含め、難民問題を他人事に思う人が多いのも事実です。しかし不安定なアジアの国際情勢、歴史認識をめぐる摩擦、少子高齢社会など、日本が置かれている状況は決して現在ドイツが直面している問題と無縁ではありません。なんでもドイツを模範とすべき、ということではありませんが、学べることは学ぶべき。その際、学生のみなさんには、単に日本の“国益”を考えるのではなく、移民?難民の立場に対する想像力も持ってもらえたら嬉しいですね」
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過去の失敗をふまえ、たくさんの犠牲を払い、葛藤を抱えながらも弱い立場の人たちを助けてきたドイツ。その姿勢から、私たちも多くを学ぶ必要がありそうです。
取材にご協力いただいた先生はこの方!
共立女子大学 国際学部 国際学科
西山暁義 教授
ドイツの近現代史を中心に、フランスや国境のアルザス?ロレーヌ地方について、またナショナリズムや地域主義を専門に研究している。
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